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神戸地方裁判所 昭和57年(わ)917号 判決 1985年9月06日

被告人

本店所在地

兵庫県尼崎市難波町五丁目二一番七号

株式会社 大産建設

右代表者代表取締役

高鍋萬理子

本籍

韓国慶尚南道咸安郡咸安面北村洞九二二

住居

兵庫県尼崎市武庫之荘六丁目二五番二二号

会社役員

山下正一こと金基徳

一九三七年七月一五日生

被告事件名

法人税法違反

出席検察官

松原妙子

主文

被告法人株式会社大産建設を罰金一、〇〇〇万円に、被告人金基徳を懲役一年にそれぞれ処する。

被告人金基徳に対し、本裁判確定から三年間、右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告法人株式会社大産建設は、肩書所在地に本店を置き、土木工事業を営むことを目的とする資本金三、〇〇〇万円の会社であり、被告人金基徳は、同会社の専務取締役としてその業務全般を統括しているものであるが、同被告人は、同会社取締役経理部長西平信子と共謀のうえ、被告法人の業務に関し、法人税を免れようと企て

第一  昭和五四年七月一日から同五五年六月三〇日までの事業年度における被告法人の所得金額は一、八二五万四、五七九円で、これに対する法人税額は六四六万一、六〇〇円であるにもかかわらず備付の帳簿上に架空の労務費及び重機賃借料を計上するなどの行為によりその所得を秘匿したうえ、法人税確定申告書の提出期限である同五五年九月三〇日までに尼崎市西難波町一丁目八番一号所在の所轄尼崎税務署の同税務署長に対し、同申告書を提出せず、もって不正の行為により、右事業年度の法人税六四六万一、六〇〇円を免れ

第二  同五五年七月一日から同五六年六月三〇日までの事業年度における被告法人の所得金額は一億九八七万三、三二七円で、これに対する法人税額は四、四一五万三、九〇〇円であるにもかかわらず公表経理上前同様の行為によりその所得金額の一部を秘匿したうえ、同五六年八月二九日、前記尼崎税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一、三七四万七、五〇〇円で、これに対する法人税額が三七八万一、〇〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により右事業年度の法人税四、〇三七万二、九〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示事実全部につき

一  被告人の当公判廷における供述並びに検察官(五通)及び大蔵事務官(八通)に対する各供述調書

一  西平信子及び東親叙の当公判定における各供述

一  第一四回及び第一五回公判調書中の証人西平信子の各供述部分

一  西平信子の検察官(三通)及び大蔵事務官(一五通)に対する各供述調書

一  登記官上坂久也作成の登記簿謄本

一  大蔵事務官作成の査察官調査書四〇通及び「脱税額計算書説明資料」と題する書面

一  左の者作成にかかる確認書

岩村貞夫、藤井卓夫、伊藤匡、楠本修、福田雅夫

一  大蔵事務官作成の現金預金有価証券等現在高確認書七通

一  左の者の質問てん末書

高鍋萬理子、山下富子こと李粉伊、宮下藤繁、有田泰男(二通)、須ノ上重子、佐内護、平井鋭海(二通)一橋真之(二通)、藤井貞夫

一  岡本利一の検察官に対する供述調書

判示第一の事実につき

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書及び証明書(検甲3、5)

一  木下尚一、福田雅夫の質問てん末書

判示第二の事実につき

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書及び証明書(検甲4、6)

一  左の者の質問てん末書

一原文男、本田伸顕(二通)、岡本利一(三通)、大橋登、大谷準、山中清一(二通)、永井丈夫、東親叙(五通)

一  東親叙の検察官に対する供述調書

(法令の適用)

判示第一の所為

被告人金基徳につき

昭和五六年法律五四号による改正前の法人税法一五九条一項、刑法六〇条

被告法人につき

昭和五六年法律五四号による改正前の法人税法一六四条一項、一五九条一項、二項

判示第二の所為

被告人金基徳につき

法人税法一五九条一項、刑法六〇条

被告法人につき

法人税法一六四条一項、一五九条一項、二項

刑種選択 被告人金につきいずれも懲役刑を選択する

併合罪処理

被告人金につき

刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(重い第二の罪の刑に加重する)

被告法人につき

刑法四五条前段、四八条二項

執行猶予 被告人金につき刑法二五条一項

(争点に対する判断)

前掲各証拠によって次の各事実が認められる。

総説

一  被告会社の実情

被告法人株式会社大産建設(以下単に会社という。)は、昭和四三年三月二七日、一般土木建築総合請負業、重機土木、宅地造成工事等を目的として資本金五〇〇万円で被告人山下正一こと金基徳(以下単に山下ともいう。)が設立したもので、同五四年一〇月資本金三、〇〇〇万円となり、本件当時ころは重機を用いての宅地・道路の開発を主たる業としていたもので、重機約五〇台を保有し現場での従業員は五〇人余を擁していた。会社の経営は山下の妻高鍋萬理子が代表取締役となっているがそれは名義だけで、実質は山下が従業員の雇入れ、重機の購入、取引先との交渉、決算書類の大筋における決裁等を決める同人のいわゆるワンマン会社である。会社の経理は西平信子(以下西平という。)が経理担当部長として事務に従事していたが、その補助者として女子職員が一人おかれていたがいずれも長続きせず、殆んど西平がひとりこれを担当していた。会社の税務申告は、そのため、会計帳簿が普段から十分整備されていなかったことなどで、申告期限が切迫してから西平が合計残高試算表、貸借対照表、損益計算書などをまとめ、山下の決裁を経て、税理士によってなされてきた。会社には税理士はいたりいなかったりであったが、本件昭和五六年当時は宮下税理士がいたが、これも実際に西平がまとめ、山下が決裁した決算書類に基づいて税務申告書を作成するという作業に従事していたにすぎない。(尤も、宮下は当公判廷で右認定に反する供述をしているが、信用できない。)

二  五六年六月期の税務申告

前年度の五五年六月期分は、申告期限である昭和五五年九月三〇日に遅れ、同五六年一月になってようやく申告されたものである。

五六年六月期分については、申告期限が同年八月末日のところ、西平は合計残高試算表、貸借対照表などをまとめてみると当初一億三、〇〇〇万円余もの多額の所得が出たのでビックリして帳簿類を検討をしなおしてみたが、やはり五、〇〇〇万円ぐらいの所得にはなった。そこで、西平は同年八月半ばすぎになって、当期利益が五、〇〇〇万円と出た試算表、貸借対照表(これを<1>とする。)などを山下に提示したところ、山下は、当時所得が五、〇〇〇万円もないはずだと告げ、西平や機械部長東親叙に対しさらに見直しを指示し、西平及び東は、期限も切迫していたところから急遽帳簿類を検討しなおして再び貸借対照表(これを<2>とする。)を組んでみたところ、さきの貸借対照表<1>より

未払金 四、四〇〇万円

借入金 六〇〇万円

未払費用 二〇〇万円

が増加し、同<1>より

仮受金 一、二〇〇万円

が減少して、差引合計四、〇〇〇万円負債の部が減少となった。尤も、このとき資産の部の

未成工事支出金 二、〇二〇万五六六円

を落してしまったことから、今度は、当時利益金が一、〇二九万六、〇三三円の欠損(赤字)となった。しかし、宮下税理士は、これに基づき、右未成工事支出金を完成工事未収金に含めて計上し、さらに負債の部の借入金を短期・長期に分けて組み、貸借対照表<3>を仕上げて、判示のとおり、昭和五六年八月二九日税務申告をした。

三  申告内容の信憑性

以上の経過でなされた昭和五六年六月期の申告の基礎となった決算書には、後に詳述するごとく、燃料購入先の平井商店からの架空の領収書を、全く関係のない重機修理費の徴憑として、架空の重機修理費を計上してみたり、一件の重機修理費を二件のそれにして二重の計上をしているなど全くデタラメというほかない。また、明らかに架空の従業員の労務費を計上してみたり、架空名義人からの重機賃借料を計上してみたりしており、会社の帳簿の信憑性は全くこれを認め得ないところである。

これは、期限の切迫した時間内で、とにかく五、〇〇〇万円もの所得の出た貸借対照表上の負債の部を増加して何とか所得額を減らそうとしてなりふりかまわず負債を増加していった経過を如実に物語っているのである。同じ事情から、同年八月になって、否、申告後の九月になってからも、先方に請求書や領収書の書き替えを求めてまわったり、クレームで値引済みの重機修理費を先方からの請求金額と支払金額が違うのを強引に重機修理費の未払金として計上しているのである。尤も、弁護人は、これはクレーム交渉中で未払金になるのだと主張し、宮下税理士の証言も同旨と思われるが、同人らは山下の説明を鵜呑みにし、一般論を展開すること多く(後述、財形貯蓄、OR会費、重機の減価償却益などについての主張も同じ)、右クレーム分は、<1>相手方は長年にわたりすでに値引処理してきており、<2>これまで相手方に残高照会したこともなく、<3>相手方から請求があったこともないというのであり、西平ですら、当時すでに値引となっていると思っていたぐらいで、会社の前記状況下では、右計上は当期の申告所得を減じるためにしたに過ぎないことは明らかなのである。

なお弁護人は、このほかにも、帳端売上げ、重機修理費の繰上げ計上、下取重機の減価償却益、財形貯蓄、OR会費などにつき、高度な会計処理上の意見を述べ、これに沿う証人宮下藤繁の証言部分があるけれども、前述のとおり、右意見は一般論としては成り立ちうるかも知れないが、この会社については、いずれもその前提「事実」が認められず、その高まいな主張は空しいものとなっている。

四  そこで、会社の所得を確定するに、前掲証拠を検討するに、優に検察官の各冒頭陳述書及び意見書記載のとおり、本件所得額を認めうるところである。

五  しかるに弁護人は、経営者としての山下の長年の経験からくる直感、会社に隠し財産がないこと、本件後の昭和五七年度から同五九年度に所得がないこと等を根拠として、山下が昭和五六年六月期の所得が五、〇〇〇万円もないと言ったのは真実であるという。

しかし、右主張だけではいずれも前掲各証拠による所得の認定を当然には妨げるものとはいえない。

山下は、そんなに所得があるなら、資産が残るはずだが経営はいつも苦しく、会社には何も残っていないと主張する。

会社の重機の保有台数五〇台が本件より三年後に七〇台に増加していることなど会社の発展ぶりが窺え、加えて、当公判段階の最後になって、前記西平が昭和五二年以降同六〇年にかけて、七、八千万円にのぼる横領事件を犯していたと主張しだしている。その真偽は不明であるが、とにかくこの会社がいうほどもうかることなく、何も残っていないなどとは信じ難い事情である。

各説

一  被告人山下の犯意について

法人税ほ脱犯においては、申告所得と実際所得との差額全部について、その差額がいかなる勘定科目のいかなる脱ろう額によって構成されているかということまで認識する必要はなく、不正経理によって実際所得よりも過少な申告所得を算出して法人税をほ脱しているとの概括的な認識があれば、ほ脱犯の犯意としては十分であり、また税務上の是否認及びこれにともなうほ脱所得の増加は、あくまでもほ脱所得額を算出するための手続上の作業にすぎないのであるから、右のような概括的な認識があれば、その犯意としては十分である。

してみると、本件で被告人山下は、西平に対し、木村基ほか五名の架空の従業員を作りこれに対する給与名義での架空の労務費を計上させたり、一原重機ほかの架空名義人を相手方として重機の賃借料を計上させるなどの不正経理によって前認定のとおり損益計算法によって確定された実際所得よりも過少な申告所得を算出せしめており、法人税をほ脱しているとの概括的な認識があったものと認められるから、同被告人に本件ほ脱の犯意があったものといわざるを得ない。

二  帳端売上げについて

昭和五五年六月期決算時において、丸磯建設名張現場分七六八万四、六九二円、宮本組北六甲分二三五万八、〇〇〇円、壺山建設名張現場分六四万六、六八六円の合計一、〇六八万九、三七八円が同期の所得額圧縮のためにことさら除外されたものであることは、前掲各証拠とくに西平の質問てん末書(57、7、7付問七)等によって明らかである。(なお、検察官の冒陳及び検甲一〇八号の右丸磯分二、五〇五万四、〇七六円とあるは、二、三〇五万四、〇七六円の誤記と認める。)

三  架空労務費のうち、財形・OR分について

従業員名義の財形貯蓄については、前掲各証拠とくに西平の質問てん末書(57、4、2付問七)によれば、本来の財形貯蓄として従業員の給与から差引いてなされる彼らの貯蓄ではなく、彼らの名義を借りての会社の資産になるものと認められ、これを労務費として計上したのはやはり架空の計上といわざるを得ない。

また、OR(オペレーター)会費についても、同様、本来OR会費でまかなうべき費用を別途福利厚生費に計上しており、これまた会社の資産をOR会費名義で計上していたことになり、架空労務費にあたるといわざるを得ない。

四  重機修理費について

重機修理費中最大の争点は、弁護人が、期末の未払修理費を算出するのに期中の請求額から期中決済額(支払額)を控除したものをクレーム未処理分として未払重機修理費として計上したもので、先方から赤伝票がくるなどして確定しない以上債務が残るのが当然であると主張する点である。一般論としては、そうであろう。しかし被告会社の本件修理費未払分というのは、総説三で述べたとおり、すでに値引があったものと認められるから、前認定の状況下で当期の所得額を圧縮せんがため東機械部長に急遽機械的に集計させたようなこれらの金額は架空修理費の計上といわざるを得ない。

なお、平井商店はじめその他について弁護人が主張する架空修理費の点は、いずれもその前提事実が認められず、失当である。

五  簿外諸経費について

弁護人は、被告会社の職業上公表できない多額の簿外諸経費を支出した旨主張するが、支払先等具体的な支出の事実を明らかにしたうえでの主張ではなく、正当な経費とは認められない。右主張だけでは前認定の各所得額を左右するに足りるものではない。

六  雑収入について

岸上建設に賃借料として小切手と約束手形で支払っておきながら、後日右小切手のみ回収しこれを雑収入としたが、右約束手形についてはそのままにしていたというのであるが、西平(57、5、26付)、佐内護(57、5、21付問七)、東親叙(57、6、4付問七)の各質問てん末書によれば、右前提となる取引自体もなかったと認められるから、右約束手形分についても決済の事実はなく、小切手同様雑収入があったとみるべきところ、これを除外したものとみるのが相当である。また朝日開発分についても、重機まで持ち込んだのに契約に至らなかった故の違約金と認められ、会社の雑収入と認められるところ、これを除外したものといわざるを得ない。

七  重機売却益について

被告人山下は、当公判廷で、重機の購入は、追金のみをきめ、購入重機や下取重機の価格をきめない契約であったといい、契約書にある下取価格などは相手方が勝手に水増して書いたマンガであると供述する。しかしながら、前掲各証拠によれば、重機の購入は被告人山下のいわば専権ともいうべく、西平が会社にある契約書に基づき記帳した重機の下取価格を後日減少させたり、先方に下取価格が高すぎると抗議して減少させたり、契約書を二通書かせたりし、また西平において、固定資産台帳を操作し、その元帳をとりはずして書きかえたりしており、これらの事実に鑑みるに、マンガを書いたのは、先方ではなく、むしろ同被告人の方であったといわざるを得ない。

弁護人の主張は、その前提を欠き理由がない。

八  西平の横領と会社の損益

従業員が会社の金を横領したの一事をもって、直ちに損金処理をなし得ない。けだし、会社は従業員に対する債権を有することとなるからである。従って、本件で西平の横領が認められたとしても、本件で問題となる昭和五五年六月期、同五六年六月期の被告会社の所得に何ら増減をきたすものとはいえない。

(量刑の理由)

被告人山下は、西平の経理能力のなさの故に本件脱税事件が生じたかのように供述するが、長年にわたり被告会社をワンマン的に経営をしておきながら、十分な経理ができる人員を確保してやらなかったばかりか、薄外経費捻出のためと称して、西平に架空の労務費や重機賃借料を計上させたり、重機売却益や完成工事高の圧縮を陰に陽に指示して、種々再三不正な経理操作を求めたことが、西平の経理事務の処理を手間どらせたのではないかとさえ思われる。被告会社の本件脱税についての同被告人の刑責は重大である。本件脱税額、脱税の方法及び被告人山下の前科前歴、身上関係を斟酌のうえ、被告人両名に対し主文のとおり量刑した。

よって主文のとおり判決する。

(裁判官 武部吉昭)

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